波根八幡宮について
波根八幡宮の御祭神と御神徳
誉田別天皇(ほんだわけすめらみこと―第15代応神天皇)は、「八幡様」などの愛称で、全国四万社も有ると言われる八幡宮、八幡神社の主祭神です。
全国的にも、父神である足仲彦天皇(たらしなかつひこすめらみこと―第14代仲哀天皇)や、母神である神功皇后(じんぐうこうごう―仲哀天皇后)と共に祀られていることが多いです。
清和源氏や、桓武平氏がをはじめとする全国の武家から武運の神様として崇敬されていたことから、戦前までは武神として崇められていました。
戦後、平和意識が浸透していくなかで、教育や縁結びなど日常生活に根ざした諸願成就の神へと変化していきました。
また、本来の武神という性格から、スポーツでの成功を祈願することも多いです。
波根八幡宮の歴史
社記によれば最初に創建されたのは、1199〜1210年、波根西大津平山が最初の御鎮座地であったとされています。
しかし、1544年(天文13年)の冬、天災が起こり社殿はことごとく倒壊してしまいます。(天災が何であるかは記録に残っておらず不明)
1546年(天文15年)羽根弾正忠(本姓富永氏)により波根東神子地(現・上川内)の小谷山麓に再建されます。
その後1555年(永禄12年)に宮山東に奉遷の後、1578年(天正6年)現在の鎮座地へと奉遷されます。
当時は、波根東村、波根西村、朝倉村、仙山村、山中村、才坂村、神原村の七村の総産神であり、それぞれの村に神社本殿がご鎮座していたものの、八幡宮の神域内に六社の御神霊を祀っていました。
明治初年に、各村それぞれの氏神となりました。
波根八幡宮の御神紋
当社の御神紋は、「対波向い鳩」です。
第15代誉田別天皇(ほんだわけすめらみこと)の御神霊が「金鳩」になったことから、全国の八幡宮の神使は「鳩」とされています。
向い合う二羽の鳩を囲う波型の紋については、正確な資料が残されていないためあくまで推測の域を出ませんが、1500年代には「波根」という地名がすでに存在しており、当社の創建年代とも一致することから、「波根」という地名にちなんだものであると考えられています。
波根八幡宮の境内
末社
境内東側、一段高くなったところに位置する社です。この社には、多くの神様が合祀されています。毎年夏には、この社の例祭が夏祭りとしてにぎやかに催されます。
| 末社の御祭神 | |
|---|---|
| 金毘羅さん | 航海安全・海難救済 |
| 天神さん | 学問 |
| 住吉さん | 漁業・海運・貿易・造船守護 |
| 淡島さん | 医療・女性守護 |
忠霊殿・忠魂碑
この波根の地より出征し、古くは日露戦争から太平洋戦争までに戦没した144柱の英霊をお祀りしています。
例年秋分の日に慰霊祭を斎行し、現在の平和の感謝と、世界の安寧・共栄に祈りを捧げます。
また、境内東端には忠魂碑もございます。
井戸平左衛門頌徳碑
井戸平左衛門は江戸中期に大森代官として着任し、善政によって領民を救済します。
特に、享保の大飢饉の際には、栽培する環境に影響を受けにくいさつまいもを導入することで領民を飢餓から救い、のちに「いも代官様」として慕われます。
井戸平左衛門の功績を称える頌徳碑は、当社に限らず大田市の至る所に建立されており、「いも代官様」への尊崇の念がいかに大きかったかということを知ることが出来ます。
神楽殿
毎年、7月下旬から8月上旬に斎行される境内社の例祭である夏祭りと、10月中旬の八幡宮例祭の前夜祭にて奉納神楽が催され、お祭りを華やかに彩ります。